チェンソーマンの悪魔をYoutuberに例えると見えてくる話【第一部考察】

こんにちは、taikiです。

今一番ホットな2021年来る漫画としておすすめな『チェンソーマン』ですが、なんと最終回を迎えてしまいました。

第二部が始まるとは言え、毎週の楽しみであった連載が一旦途切れるのは寂しいですね。

ストーリーとしては、ダラダラ伸ばすよりもわかりやすいラスボスとの戦いを終えて綺麗に終わったのがよかったかな。

で、今回は悪魔の話。

チェンソーマンの中に登場する「悪魔」と「人間」って何を表しているのかなぁと考えていたのですが、自分なりに答えが出ました。

悪魔とはYoutuberのことだったのです。

 

何を言っているのかわかりませんよね。

今回は、悪魔と人間が何のメタファーで、チェンソーマンとは何だったのかを読み解いてみようと思います。

コミック11巻までのネタバレがありますのでご注意ください。

チェンソーマンとは創作活動の世界

悪魔とはYoutuber

チェンソーマンの中に登場する悪魔ってなんですかね。

対比となる人間と「悪魔は死んでも地獄で蘇る(≒悪魔の転生)」との関係を考えると少しずつ見えてきます。

チェンソーマンの登場人物には、ざっくりと5つの属性があります。

  • 人間
  • 悪魔と契約した人間
  • 魔人
  • 悪魔
  • 悪魔でも魔人でもない存在

人間はごく普通の一般人です。

『チェンソーマン』1巻(C)藤本タツキ/集英社

普通の人間以外は何かしらの特殊能力を持っていて、人間とそれ以外の部分に大きな境界線があります。

私はこの境界線はコンテンツを生み出すクリエイターとコンテンツを楽しむ消費者と考えました。

クリエイターとはチェンソーマンの作者のような漫画家もそうですし、現代ではYoutuberやブロガーといったコンテンツを生み出す人達全般です。

ある意味、クリエイターはコンテンツを生み出す特殊能力みたいなモノを持って活動しています。

専業(≒悪魔・魔人)だったり、副業(≒悪魔と契約した人間)だったりでタイプは異なれど、各人の特殊能力をもとにクリエイターが創作活動をしている、そんな部隊がチェンソーマンの世界観に考えられませんかね?

悪魔の転生は新しい創作

また、悪魔は死んでも地獄で蘇るという設定があります。

『チェンソーマン』(C)藤本タツキ/集英社

クリエイターはどんなに苦労してコンテンツを生み出しても消費されるのは一瞬で、気がつけばタイムラインの下の方に埋もれてしまい、気がつくと忘れ去られてしまいます。

逆に言えば、スベってしまったコンテンツも新しいコンテンツを生み出して転生しちゃえば、何回だってチャレンジ出来る。

『チェンソーマン』(C)藤本タツキ/集英社


↑命(≒コンテンツ)は平等に軽い!何度でも創作活動はやり直せる

それこそが悪魔の転生の意味だったりしませんか。

悪魔がもっとも恐れる悪魔、チェンソーマンとはGoogleである

そして悪魔がもっとも恐れる悪魔『チェンソーマン』とは最強の創作物であるGoogleでしょう。

Googleも最初は「検索エンジン」という1つのコンテンツでした。しかし、その進化とともにコンテンツの領域を超えてインフラレベルにまで発達してしまいました。

SNSが普及した現在であっても、Google検索で引っかからないコンテンツは刹那的で短命なコンテンツになりがちです。

Googleのコアアップデートに戦々恐々とするブロガーの皆さんのタイムラインを見ているとその想いが伝わってきます。

何を隠そう、Googleの気まぐれで売上の80%が吹っ飛んでしまった経験があります。試行錯誤しながら積み上げてきたものが一瞬で吹っ飛んでしまった時の絶望感は、地獄に落とされて闇の悪魔に全員の両腕をもがれちゃったぐらいの衝撃がありました。

『チェンソーマン』8巻(C)藤本タツキ/集英社

話が脱線してしまいましたので戻しましょう。

『チェンソーマン』10巻(C)藤本タツキ/集英社


↑Googleに食われちゃうとその存在がこの世から消えます

SEOが一大産業になってしまったことからもわかるように、Googleに嫌われるとコンテンツとしては死を意味します。

ラスボスマキマとはファシズム

以前、こちらの記事でもマキマさんの支配の悪魔はファシズムのメタファーとして書かれているという話をしました。

チェンソーマンの第一部公安編はファシズムvs自由主義という二項対立を描いています。

二項対立で読み解くチェンソーマンとマキマの考察【中国vsアメリカの話?】
こんにちは、taikiです。 『チェンソーマン』考察第二弾として、二項対立という切り口で読み解いてみます。 作品の中で、対立する概念として、「人間と悪魔」を筆頭に、「悪魔の転生vs一度も転生していない超越者」などのように二項対立...

そんなファシズムの象徴であるマキマさんとチェンソーマンとの戦いは一体なんだったのでしょうか。

『チェンソーマン』10巻(C)藤本タツキ/集英社

ご存知の方も多いでしょうが、中国のような情報統制社会において最大の脅威はGoogleのような自由な情報流通です。

当然、中国政府はGoogleのような情報を操作する悪魔を欲しがります。

マキマさんのこの発言は、共産主義国のリーダーの発言と捉えたらしっくり来ますよね。もちろん、誰にとって「より良い世界」なのかによって住みやすい世界にもなりますし、地獄のような世界にもなります(私にとっては地獄にしかみえませんが、、、)。

まとめ:第一部は情報統制 vs 情報公開の話だった

結局、チェンソーマンの第一部はマキマ(中国)vsチェンソーマン(Google)の戦いで、恐怖による支配(中国)をしていた人が求めたものは情報統制であり、その根源であるチェンソーマン(Google)を握りたいという話のように見えました。

その一方で、情報コンテンツを支配しているGoogleこそが本当の支配の悪魔なんじゃないかという気がしないでもないですが、、、

『チェンソーマン』97話(C)藤本タツキ/集英社


↑第一部の最終話で転生した支配の悪魔が中国で見つけられたという所で、支配の悪魔はやっぱり中国とか共産主義としてのファシズムのメタファーだったんだと確信しました。

いろんな皮肉やメッセージが落とし込まれた『チェンソーマン』でしたが、私はこのように解釈しました。

「は?」と聞こえてきそうな強引な解釈かもしれませんが、解釈に正解はないですし、100人いたら100通りの解釈があるでしょう。

いろんな解釈が出来る作品だと思いますので、単純に楽しむのもいいですが、もう一歩踏み込んで作者が伝えたかったメッセージを想像して楽しみましょう。

以上「チェンソーマンの悪魔をYoutuberに例えると見えてくる話【第一部考察】」でした。

オマケ

タランティーノ監督のレザボア・ドッグスのスーツ姿が公安そのものです。作者の藤野タツキ先生もインタビューでその影響について言及しています。

マキマさんの元ネタらしいです。

レゼ編の台風の学校に閉じ込められるシーンの元ネタは台風クラブとのこと。

紹介しきれないからとりあえずこの3つまで。

コメント

  1. […] […]

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